2019年4月27日土曜日

深夜にカーテンの隙間から外を覗くと
湿った雪が降り、うっすらと地面が白くなっていました。
先週の満月も、昨夜はお留守。
窓の外に月を見ると思い出すアンデルセンの話。
「絵のない絵本」は、月が昔々からずっと地球の上を周り続け
世界各地の屋根を照らし俯瞰してきた出来事を
せせこましい路地のひとつに詫び住まいする書生(貧しい絵描き)の
窓辺へ毎夜 顔を出しひとつずつ語って聞かせるのです。

第二十三話
「私はチロルを見下ろした」と月は言った。
「私は鬱蒼としたモミの木々に際だって黒い影を岩山に投影させた。
私は聖クリストファーが幼子イエス・キリストを肩にしているのを見た。
それはそこの家々の壁々に描かれていた。
巨大な、地面から屋根に届くほどの。
聖フロリアンは燃える家々に水を注いでいた。
そしてキリストは、血だらけになって、路傍の十字架にかかっていた。
それは新しい世代にとっては古い映像である。
それなのに私は見て来た、それが掲げられ、次から次と跡に続くのを。
高く山の岩場にかかっている、燕の巣のように、淋しい尼僧院が。
ふたりの尼さんが塔の上にいた。そして鐘をついていた。ふたりとも若かった。
だからその視線は山々を超えて飛んでいった、外の浮き世へと。
一台の旅馬車が下の街道を走っていた。馬車のラッパが響いた。
あわれな尼さんは同じ思いで視線を馬車に釘付けた。
年若の尼の目には涙があった。ラッパの響きはだんだん弱くなっていった。
尼僧院の鐘がラッパの絶え絶えの響きを打ち消した...。

Hans Christian Andersen
山野辺五十鈴:訳
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Hieronymus Bosch 085.jpg
By ヒエロニムス・ボス - collectie.boijmans.nl : Home : Info : Pic, パブリック・ドメイン, Link

聖クリストファー:クリストフォロスChristophoros, 原意はギリシア語の「キリストを背負うもの」
3世紀のローマ皇帝デキウスの時代に殉教したというキリスト教の伝説的な聖人。
ある日、小さな男の子が川を渡りたいとレプロブスに言った。
お安い御用と引き受けたレプロブスだったが、川を渡るうちに男の子は
異様な重さになり、レプロブスは倒れんばかりになった。
あまりの重さに男の子がただものでないことに気づいたレプロブスは丁重にその名前をたずねた。
男の子は自らがイエス・キリストであると明かした。イエスは全世界の人々の罪を背負っているため
重かったのである。川を渡りきったところでイエスはレプロブスを祝福し
今後は「キリストを背負ったもの」という意味の「クリストフォロス」と名乗るよう命じた。
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聖フロリアン:聖フロリアヌス は、カトリック教会の聖人。ポーランド、リンツ、
煙突掃除人と消防士、石けんの釜炊き人の守護聖人。
ローマ皇帝ディオクレティアヌスとマクシミアヌスの時代、
現在のドイツ・バイエルン東部の帝国軍司令官であった。
彼の軍務に加えて、消防隊を組織する責任を負っていた。
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「若い頃の一時アンデルセンが住んでいた屋根裏部屋」の写真を見ました。
この「絵のない絵本」に出てくる(主人公)貧しい絵描きが
暮らしていた屋根裏部屋は、絵が無いので想像でしかないけれど
まさしく、アンデルセンが住んでいた部屋のよう!と思いました。
狭くて窓からは灰色の空と煙突ばかりが見えて。でも屋根裏の特権で月に近い。
どこにも行けず狭い部屋に住んでいるけれど
遠い遠い遥か昔、イエスキリストが幼子の頃から!笑)いや、そのもっと前から!?
世界の事をずーっと見続けてきた月の話を毎夜聞ける。
雨の日や曇りの日、月はやってこないけれど。
何処にも行けなくても、いや行けないからこそ?!想像は膨らむ。
目に見える物質ではない想像や記憶の存在は、
狭い屋根裏部屋でも、砂漠の中にでも...何処へでも持って行って
心の目で蓋を開けられる大切なもの。

絵のない絵本は色々な翻訳本が出ているのだけれど
私の持っているのは欧文直訳体(原文のことばの配列・再現にこだわったもの)
倒置法と体言止めが多い...。良いのか悪いのか、好き嫌い分かれる...。
第二十三話も、倒置法と体言止めが多用されていて、
微妙な言い回しがあり、うーん...な感じもするのだけれど
でも気に入っているお話です。
チロル行った事はないけれど!笑、渓谷の風景が浮かんできます。

ところで...上の絵ですが、
Hieronymus Bosch(1450-1516)ヒエロニムス・ボス
15世紀に活躍した(初期フランドル派の)ネーデルランドの
ルネサンス期の画家ですけれど、シュルレアリズムを思わせる作風。
ブリューゲルも影響を受けたらしいけれど、確かによく似ていて面白い。
キリストを背負ったクリストフォロスの背景の中に小さく描かれている
犬?熊?魚?木の上の壷?家?...幻想的かつ怪異な作風。
一見、可愛い熊?だけど...よくよく見ると...!! シュールですー。
(拡大して見てください)

2019年4月11日木曜日


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みなさまこんにちは。今日は、講座(ワークショップ)のお知らせです。
参加者を募集いたします。
☆ 様々な繊維・糸を、木枠で織る ☆
日時:2019年5月18日(土)13時〜(2時間半程度)
場所:アトリエ ウーヴ 札幌市西区二十四軒(詳細はお申し込みの際にお伝えします)
  (地下鉄東西線 二十四軒駅〜徒歩約2分、近隣に有料パーキング有り)
参加費:3000円(材料費込み)
​講師:米倉麻希(繊維造形家)
講座内容
小さな木枠にたて糸を張り、よこ糸に様々な繊維・糸を織り込んでいきます。
(使う素材は、麻、羊毛、綿、絹などなど...様々な自然の素材です)
完成した作品は木枠のまま飾ることができます。
(木枠はハガキ程のサイズで、お持ち帰りいただけます)
様々な植物などから作られた糸を使って
それぞれの繊維の持つ質感や色などの違いを知ることができます。
また、四角い単純な道具(木枠)を使って織ることで、織や布の仕組みも解ります。
趣旨
私達は普段、多くの布製品に囲まれて過ごしています。
衣服だけではなく、生活のあらゆる場面の中で沢山使われ、
無くてはならないのが布です。
(特に冬の長い北海道では、布の果たす役割は大きいですね!)
でも...既製品の布は、お金を出して何の気無しに買っていて
実際、布がどの様な材料から、どの様な経緯を辿って作られているのか?など
普段取りたてて考える事は少ない様に思います。
身の回りに沢山有る布が、どうやって織られ布になっているのか?
そして、糸や布となる自然の素材(植物や動物の繊維)には
どの様な種類の違いや特徴が有るのか?色、質感、保温性、抗菌性...など、
改めて見たり・実際に手で触れたり・織ったりする事で
何か感じたり考えるきっかけとなりましたら嬉しいです。是非ご参加ください。
(手先を使った少し細かい作業となります。織の経験、未経験は問いません)
お申し込み方法
お名前、参加人数、ご連絡先をお知らせください。
材料準備等の都合上、キャンセルは出来る限りされないようお願いします。
ご質問などございましたらメール、お電話でお問い合わせください。
定員になり次第締め切ります。

Tel:0154-24-0733(米倉)
企画の経緯
今年1月、釧路市立博物館 企画展
「アイヌとイラクサとのかかわり・イピシシプのある生活」(イピシシプ=イラクサ繊維)
そして連動企画「イラクサ糸カエカ作りと木枠の手織講座」が開催され
「木枠の手織講座」の講師を担当させていただきました。
イラクサという植物から繊維を取り出し糸にし、
イラクサをはじめ様々な繊維や糸を使って小さな布を織る木枠の手織講座は、
予想以上に多くのお申し込み、お問い合わせをいただきました。
身近に有る自然の素材(繊維)から、どの様に糸そして布が作られるのか?という事に
興味関心をお持ちの方が案外多くいらっしゃるのだと感じました。
(今回はイラクサに特化した内容ではありません、また「イラクサ繊維で糸作り」は含まれません)
私達、北海道人の暮らしには欠かせない羊毛(ウール)をはじめ、
絹、麻、綿など自然の繊維を使い、木枠で小さな布を織ると言う部分だけでは
ありますが、手仕事やお話の機会を設けて、皆さんに、糸や布の事に
関心を寄せていただけたら...という思いで、企画に至りました。

企画:米倉麻希&アトリエ ウーヴ